2015-08-01 山手線日暮里駅(谷中七丁目 天王寺山門) 天王寺の西側には、山門がある。 さっきの門が、山門かと思ったが。 曖昧なのは、おそらく、もともと、天王寺の、境内は、今よりも、かなり、広かったので、今ある門は、昔からの、門ではないからだろう。 昔、つまり、江戸時代までは、谷中霊園が、天王寺の、境内、だったようだ。 ただ、どこまで、天王寺の境内で、たとえば、南側の一部は、寛永寺の、寺域だったかもしれず、今となっては、判然としない。 ちなみに、かつては、感応寺という名前。 江戸名所図会にも、載っているが、あまりに、変わってしまい、寛永寺と同様、もはや、昔日を、再現することは、難しい。 さらに、北西へ、向かう。 (2013年3月記)