2015-12-01から1ヶ月間の記事一覧
西に歩いていくと、南北に伸びる、山手通りとの、交差点。 南に曲がり、そのまま、山手通り、南へ。 しばらくすると、東西に伸びる、立教通り。 山手通りを渡り、西へ向かう。 山手通りから、先は、地蔵通り商店街。 明治時代初め頃の地図を見ると、今の、池…
西へ歩いていくと、通りの北側には、祥雲寺。 創建は、江戸時代の前。 創建の地は、今の、東京駅近くか。 この地にあった、吉祥寺の子院だったのかもしれない。 江戸時代になり、江戸城の、拡大に伴い、吉祥寺と共に、駿河台、今の、水道橋、北東側に、移転…
しばらくすると、通りの南側には、古いビル。 東都自動車ビルヂング。 建ったのは、高度成長期の終わり頃。 当時は、池袋の街の、東端、だったのだろう。 今も、そうかもしれないけど。 ただ、当時は、まだ、メインストリート、ここまでだったかもしれない。…
南へ向かい、池袋駅西口から、西へ伸びる、メインストリートへ。 西へ向かう。 今の、池袋の街自体が、池袋駅の、設置により、誕生しているので、この、メインストリートも、新しい道路、ということになる。 ちなみに、明治時代初め頃の、地図を、見ても、道…
高田馬場駅から山手線。 池袋駅で降りる。 西口に出て、北へ。 池袋の中では、もっとも、下町。 もっとも、最近は、昔ほどでは、ないけど。 それどころか、南北に伸びる、大通り、かなり、整備されている。 郊外の、ニュータウンのようだ。 しばらく、北へ歩…
駅を過ぎると、その先には、有名な、地蔵通り商店街。 もっとも、巣鴨駅は、かなり、降りたことがあるわりに、地蔵通り商店街、結局、一度も、行ったことが、なかった。 いつでも、行けると思っていたからかな。 たしか、地蔵通り商店街、今のように、テーマ…
すぐに、巣鴨駅。 明治時代に、開業している。 当時は、もう少し、東側だったらしい。 東側、ということは、白山通り、かつての、中山道から、離れている。 おそらく、道路に沿って、建屋が、並んでいたからだろう。 しばらくして、大正時代、今の位置に、ホ…
白山通りを、北へ北へと、向かう。 巣鴨駅が近くなってきたのか、店舗が多い。 こころに、東側、街中に入ってみる。 巣鴨駅南口一番街。 高度成長期あたり、商店街が、形成されたのだろうか。 明治時代初め頃の地図を、見てみると、中山道沿い、町屋が、点々…
白山通りから、少し、南西へ、街中に、入ってみる。 実は、白山通り、かつては、よく、通ったのだ。 白山通りの、西側は、いろいろな、店も、多かったように、記憶している。 今は、もう、忘れてしまったが、かつてのような、賑やかさは、ないのかな。 反対…
通り沿い、都営三田線、千石駅の入口。 通りの西側一帯の、地名に、由来する。 いかにも、由緒のありそうな、地名なのだが。 実際は、小石川の別名、千川の「千」、小石川の「石」を、合体させただけの、地名、ということらしい。 江戸時代、大名屋敷が多く…
静かな、旧白山通りを、北へ北へと、歩いていくと、南西側から、伸びてきた、白山通りと、合流する。 車幅も広く、交通量も多い。 いきなり、喧騒の中、という感じだ。 もっとも、江戸時代の、幹線道路、中山道、ということで、こちらの方が、当然なのかもし…
白山通りから東へ。 街中に入る。 街中、東へ東へ、歩いていくと、南北に伸びる、旧白山通り。 白山通りより、ひっそりとしていて静か。 まさに、旧道、であり、旧市街、という感じ。 さらに言えば、もとは、中山道。 そうした、昔からの、街並みは、再開発…
北へ歩いていくと、しばらくして、通りの、西側には、寂円寺。 創建は、江戸時代の初め頃。 創建の地は、今の、東京大学の、南側あたりだったらしい。 ほどなくして、江戸の街、拡大に伴い、この地に、移転してきている。 ちなみに、明治時代初め頃の地図を…
北へ歩いていくと、しばらくして、南北に伸びる、幅広の、白山通り。 白山神社を挟んで、東側に、旧白山通りがあるが、そちらの、バイパス、なのだろう。 開通したのは、高度成長期。それほど、古くはない。 都営三田線と、同じ頃、ということだ。 とすると…
白山神社の、南側には、龍雲院。 創建は、江戸時代の、初め頃、らしい。 創建の地は、今の、御茶ノ水。 駿河台の台地が、開削され、神田川が、東、隅田川に、流れを、変えた頃、だろうか。 その後、江戸の町、拡大に伴い、この地に、移転している。 こころみ…
境内を横切り、西へ。 白山神社は、何度か、訪れているので、今回の、目的地ではない。 西へ、行くと、しばらくして、階段がある。 白山神社裏門階段。 江戸名所図会にも載っている。 当時は、もう少し、階段の、幅が、広かったようだ。 さらに、今の、小石…
北に行くと、すぐに、白山神社。 創建は、おそらく、平安時代の後半。 正真正銘の古社。 創建の地は、今の、東京ドーム東側あたりらしい。 なぜ、彼の地に建ったのか、わからない。 江戸時代になり、今の、小石川植物園、江戸時代の小石川養生所、に移転し、…
北に向かうと、神保町。 古本屋の街、ということだが。 たしかに、東西に伸びる、靖国通り沿いには、古本屋が、軒を、連ねている。 ただ、南側から、大手町の、オフィスビル群が、拡大してきており、将来は、どうなるのか、わからない。 ずっと、先のことな…
高田馬場駅から東西線。 竹橋駅で下車。 地上に出ると、濠から、北へ伸びる、幅広の道路。 北へと向かう。 しばらくすると、東西に伸びる、通り。 西へ曲がり、そのまま、西へ。 すぐに、北側、神保町テラススクエアの工事現場。 都心では、まだまだ、再開発…
西に向かうと、すぐ、東西線早稲田駅。 東西線で帰ることにする。 遠くには、有名な、穴八幡の鳥居。 明治時代の地図を、見ると、その手前には、蟹川が、北へと、流れていたようだ。 さぞ、風光明媚な、景観だったのだろう。 今、そのような、景色は、ない。…
しばらくすると、早稲田通りの、南側には、正法寺。 創建は、江戸時代初め頃、と思われる。 創建の地は、今、済松寺が、建っているあたり、だろうか。 しばらくして、この地に、移っている。 時期は、済松寺の、創建と、近く、なにか、関わりがあるのかも。 …
鶴巻南公園の南側、早稲田通りに沿い、には、龍善寺。 創建は、江戸時代前半。 江戸時代になって、あたりが、開かれたことによるのだろう。 江戸時代の地図を見ると、寺域、北側に、もっと、広く、やはり、さっき、訪れた、鶴巻南公園は、龍善寺の、境内だっ…
早稲田通りをわたり、北へ、街中、入っていく。 しばらくすると、鶴巻南公園。 高度成長期に入る頃、整備されたらしい。 敷地は、おそらく、寺領、だったのだろう。 明治時代初め頃の、地図を、見ると、今の、飯田橋、神楽坂、あるいは、江戸川橋駅あたり、…
外苑東通りから西へ。街中に入る。 しばらくすると、宗参寺。 江戸時代になる前、創建。 すでに、江戸時代になる前から、このあたり、開かれる、基礎は、できていたのかもしれない。 もっとも、田園が広がり、住民が多く暮らし、といった変貌は、やはり、江…
外苑東通り、さらに、南へ、歩いてみる。 今は、静かな通りだが、拡幅されれば、交通量の多い、幹線に、なるのだろうか。 ちなみに、外苑東通り、北側は、新目白通りまで、となっている。 そこから、春日通りまでは、未開通。 播磨坂を経て、西、本郷通りも…
再び、外苑東通りに戻り、南へと、向かう。 やがて、東西に伸びる、早稲田通りとの、弁天町交差点。 ここから、南側、道幅は、普通の、道路となる。 交差点近くだけは、道幅が、広いようなので、いずれ、道幅を、広げるのだろう。 その先、靖国通りの北側、…
外苑東通りから、東側、街中に、入ってみる。 街中には、活字店。 創業は、大正時代、ということだ。 あたりには、大日本印刷の、工場が、あるので、その関係なのかな。 それにしても、今に、残っているというのは、驚きだ。 高度成長期、バブル期までは、郊…
本当に、そうなのか、どうかは、わからないのだが。 いずれにしろ、江戸時代の、画期、このあたりの、変貌を、象徴していると、思える。 さらに、西へ歩いていくと、南北に伸びる、外苑東通り。 道路が、できる前、南から、流れてくる、蟹川の、支流が、あっ…
しばらく、歩いていくと、済松寺。 創建は、江戸時代前半。 あたりが、開拓された頃と、思われる。 ところで、済松寺の、境内には、鳳凰池、という池が、あるそうだ。 その池は、済松寺が、創建される前から、あったらしい。 どういうことだろうか。 鳳凰池…
実際、早大通りは、かなり、新しい通りらしい。 ただ、江戸川橋通りから、さらに、東へと、伸びていくとも、思えないけど。 南へ。街中に、入っていく。 しばらくすると、北野神社。 創建は、わからないが、おそらく、あたりが、拓かれた、江戸時代、と思わ…