2015-11-01から1ヶ月間の記事一覧
しばらくすると、東側には、地蔵通り商店街。 入口、子育地蔵尊に、因む、名前なのだろう。 明治時代初め頃の、地図を、見ると、一面、田圃。 ただ、すぐ、東側には、民家が、密集していたようだ。 明治時代以降、市街化が、さらに、進み、地蔵通り商店街ま…
豊洲駅で、有楽町線へ。 しばらくして、江戸川橋駅。 地上に出ると、東西に伸びる、新目白通り。上空には、首都高池袋線の高架。 さっきとは、うってかわって、喧騒の、下町、と言いたいところだが、それは、一昔前、かも。 都心、ということで、最近、それ…
新豊洲駅に戻り、北側を見ると、晴見運河に、架かる、晴見大橋。 環状2号線が開通する前、すでに、開通している。 とりあえず、勝どきまでは、とても、近くなった。 それはそうと、最近のことだと思ったら、もう、10年。 時が経つのは、早い。 さらに、首都…
南東側に、向かうと、巨大な、高層住宅、SKYZ TOWER & GARDENの工事現場。 最近、多い、駅前再開発。 ゆりかもめに乗れば、豊洲駅も、近い。 また、環状2号線が、開通すれば、新橋、虎ノ門、とも、直結される。 集中する、都心再開発、ということでもある。 …
駅の南側には、巨大な変電所。その東側には、データセンター、新豊洲キューブ。 駅前も、徐々に、建物が、増えている。 といっても、駅前商店街とは、まるで、様相が、違うけれど。 近未来の、駅前とは、こうしたものなのか。 商店は、ショッピングセンター…
高田馬場駅から東西線。 飯田橋駅で有楽町線に乗り換える。 豊洲駅で、さらに、ゆりかもめ。 新豊洲駅で下車。 交通網が発達し、便利になったとはいえ、やはり、遠いな。 せめて、ゆりかもめが、勝どきまで、伸びれば、大江戸線で、勝どき、という、方法もあ…
首都高の高架を潜り、さらに、西へ。 しばらくすると、溜池山王駅。 江戸時代、溜池があった場所。 溜池は、外濠の、一部だったので、環状2号線が、外堀通りとするなら、溜池の跡を、通るわけだ。 溜池についてだが、江戸時代が終わった後、必要なくなったの…
この場所から、新橋、豊洲、臨海副都心まで、直接、行ける、というのは、画期的、なんだろうな。 いままでだと、北側を、迂回しなければならない。 もっとも、新橋が、都心の、辺縁だった、ちょっと、前なら、その、必要性は、なかっただろうけど。 というこ…
桜田の桜は、千葉県佐倉と、語源は、同じかもしれない。 などと、思ってしまうが。 そんな、桜田通り、手前には、小規模なビルが、建ち並び、西桜福祉会館、そういうのが、あったと思う。 その南側に、東西に伸びる、道路が、あったのだ。 環状2号線と、巨大…
建設中の、巨大高層ビルを、通り過ぎると、南北に伸びる、桜田通り。 名前の、桜は、江戸城、桜田濠あたり、からだろう。 周辺は、濠ができる、ずっと、昔から、桜田、といっていたそうだ。 今あるような、桜が、そのような、昔から、植わっているはずはなく…
地図を見ると、トンネルの入口手前ぐらいに、日比谷神社は、あったようだ。 今は、もう、痕跡がない。 新橋あたりから、南へと、伸びる、かつての、飲食店街を、いくつか、横切って、西へと、進む。 こちらも、痕跡がなくなっている。 新橋は、丸の内オフィ…
西へ歩いていくと、しばらくして、トンネルの入口。 そういえば、環状2号線、地下を、通るのだった。 都心部は、集中しているので、道路も、こうして、地下、地上と、折り重なるように、整備されるらしい。 地下だけなら、地上は、なにも、変化しなくても、…
振り返って、西側を、見ると、まっすぐ、伸びる、環状2号線の工事現場。 ちょっと前まで、そこには、飲食店や、商店街、そして、日比谷神社。 たしか、日比谷神社、小さい境内だったが、木々が、生い茂り、鎮守の森も、あったように、記憶する。 今は、まっ…
高輪台駅で、再び、浅草線に、乗り込む。 昔、来たときは、意外にも、下町のような、雰囲気だったのに。 いつの間にか、きれいに、整備されている。 近くに、増えてきた、高層住宅の、ための、駅だから、そうなるのだろう。 地下鉄に乗り、しばらくして、新…
高田馬場駅から山手線。 五反田駅で、都営浅草線に乗り換える。 高輪台駅で下車。 地上に出ると、南北に伸びる、桜田通り。 通りの、東側には、パークタワー高輪。 最近、完成した、高層住宅。(工事中はこちら) 駅近くの、再開発は、まだまだ、続く。 再開…
まるで、マンガの世界みたい。 いや、ゆるぎない日常の中に、マンガの世界があるのかな。 あまりにも、ゆるぎがないので、まるで、マンガの世界の、背景そのものに、思えてしまう。 マンガの中に見る、景色、それが、高度成長を達成して到達した、世の中。 …
北へ向かうと、しばらくして、西武池袋線。 西武池袋線の開業は、大正時代。 昭和の初め頃、都心に対する、郊外が、できはじめたので、その、準備となったのだろう。 それでも、まだまだ、田園地帯。 住宅地が広がり始めたのは、やはり、高度成長期、かな。 …
稲荷神社、創建は、おそらく、江戸時代、と思われる。 その前、南北に伸びる、通りは、コンコン通り商店街。 わかりやすい名前だが、稲荷神社の、門前町、というより、普通の、商店街、なのだろう。 商店街が、できたのは、高度成長期、かな。 たまたま、稲…
どこから、光和通り商店会なのか、わからないが、おそらく、東長崎駅近く、ということなのだろう。 高度成長期、形成されたのかな。 駅近くなので、店舗は、まだ、残っている。 名前の言われについては、わからない。 街灯の設置が、商店街発足の、きっかけ…
先ほどの、中華料理屋、トキワ荘に、暮らしていた、マンガ家が、よく、食べに来ていたそうだ。 高度経済成長の頃。 まだ、世の中に、余裕はなく、外食といえば、中華料理屋ぐらい。 それでも、精一杯の、御馳走、だったのだろう。 高度成長を達成した後、今…
もう、帰ろうかと思ったが、もう一度、トキワ荘のあった場所へ。 いかにも、道筋の、裏側、なのだけど。 そんな場所に、子育て地蔵尊。 創建は、江戸時代。 昭和に入って、しばらくして、この地に、移転したそうだ。 とすると、やはり、この通りは、江戸時代…
南へ。 再び、トキワ荘通り商店街。 ところで、明治時代初め頃の地図を見ると、この通り、地図に、載っていることが、わかる。 とすると、目白通りが、開通する、ずっと前から、あった、道路なのだ。 トキワ荘が、通りから、奥まった場所に、建てられたこと…
通りから、北へ、住宅地の中、入っていく。 それほど、迷わなかったが、ずいぶん、奥まったところ、トキワ荘オブジェ。 さっき、公園にあった模型と、同じだに、見える。 ただ、特に、この場所に、トキワ荘が、存在していた、といった、痕跡は、まったくなく…
あきらかに、通り過ぎてしまった。 トキワ荘の近辺に、大通りが、あったはずはない。 来た道を、引き返す。 再び、昭和の、取り残された、商店街。 どこも、そうなのだが、店舗は、なくなりつつあり、住宅に、置き換わっている。 将来は、まったくの、住宅地…
キャラクターでなければ、やはり、歴史的テーマパーク、ということになる。 ただ、そういう風には、なっていないようだ。 トキワ荘通り商店街、歩いていくと、店舗は、かなり古いのに、それが、テーマパークとして、いかされていないからだ。 ひょっとすると…
公園の北側には、東西に伸びる通り。 トキワ荘通り商店街、となっている。 おそらく、商店街の名前、新しいのだろう。 もとは、南長崎商店街、という感じかな。 地方、郊外は、どこも、同じだが、商店街は、寂れる一方なので、テーマパーク、になるしかなく…
記念碑には、往時、トキワ荘の、模型もある。 建物自体は、高度成長を、達成した、安定期の頃まで、残っていたので、おそらく、記録にも、残っているに違いなく、とすると、模型としては、正確なのだろう。 ただ、トキワ荘の建っていた、場所、ここらへんで…
公園の中、北へ北へと、歩いていくと、北側、一画に、トキワ荘記念碑。 およそ、何もないと、思われる地域なのだが、実は、その昔、トキワ荘、というのが、あったのだ。 トキワ荘、日本を代表する、マンガ家たちが、集団で、暮らしていた、集合住宅。 時代は…
目白通り、交通量が、多い。 ただ、都心部から、外れているので、やはり、寂れている。 高度成長を、達成した頃は、むしろ、こうした、地域が、整備の、対象、だった。 急速に、街並みが、きれいに、なっていったっけ。 垢抜けた感じに、なっていったのだ。 …
北へ。中野駅。 総武線に乗る。 東中野駅で下車。 下町の雰囲気があった中野駅だったのだが、さらに、下町の、雰囲気が、あったのが、東中野駅。 だが、その、東中野駅周辺も、最近、急速に、整備が、進み始めている。 都心近くの、駅前だからだろう。 東中…