有楽町線江戸川橋駅(ラ・トゥール神楽坂)

ラ・トゥール神楽坂

マンションが点在する中、さらに北側へ歩いていく。
東西に伸びる交通量の多い目白通り首都高速の高架が近くなる。
その目白通りから少し住宅地に入ったところにラ・トゥール神楽坂がある。
竣工は、神楽坂アインスタワー、アリビオーレ神楽坂シティタワーと同じぐらい。
バブルが崩壊した後の失われた10年の終わり頃だ。
この時期、相次いで高層住宅が建ったわけだが。
都心集積化という時代の流れを象徴しているのかもしれない。
町名は西五軒町
五軒町の名前の由来についてだが、この場所の東側、目白通りと首都高の高架が南へ折れ曲がっているあたりに、江戸時代以前、白鳥池、という大きな池があった。
その大きな池、白鳥池の干拓作業に従事した者たちの家屋が建った、ということらきているらしい。
もっとも、築地町とか筑土八幡神社の筑土とか、いかにも干拓事業に関係のありそうな名前もあるから、干拓事業そのものはもっと以前から継続的に行われていたのかな。
こうしてできあがった新しい新天地。
田圃ができて、工場ができて、住宅ができて。
そして、現在はマンションがあちこちに建ち並ぶ。
その中には、高層住宅もある。
北側には、神田川。大通りの目白通りと首都高の高架。
でも、地下鉄も通っていて便利だ。
やっぱり山の手住宅地になっていくのかな。
かつて、神田川流域の低地、沼地、湿地帯を干拓して、土地を作り上げたパイオニアたちは、現状を見てどう思うのだろう。
そんなはるか未来のこと、考えている余裕はなかったんだろうけど。
もう、まわりは、夕暮れ時で薄暗くなってきた。
新しくあちこちできたマンションにも灯がともり始める。
そろそろ戻るとするか。
(2007年12月記)