山手線日暮里駅(日暮里駅前 太田道灌像)

日暮里駅前 太田道灌像

駅前広場を、南へと、歩いていくと、広場のほぼ中央に、太田道灌像がある。
馬上、体を反らせて、天を振り仰ぎ、弓を、高々と掲げる姿は、勇ましさと、躍動感、そして、高揚感を表現しているに違いない。
この像を、見ているだけで、何か、街が発展し、明るい未来が、訪れるような気がしてくる。
だが、設置されたのは、バブルが崩壊して、どん底の頃だ。
明治時代にしては、古さはないので、高度成長期ぐらいかな、と思っていたけど、意外に、ずっと、新しい像みたいだな。
ところで、なんで、日暮里駅前に、太田道灌像があるのかというと、たぶん、近くに、道灌山があるからだろう。
ただ、道灌山についてなのだが、実は、太田道灌と関係がない可能性が高い。
見晴らしがいいので、なんとなく、かつて、城塞でもあったような感じだが、特に、そのような遺構が、発見されたわけでもなさそうだし。
では、どういう謂れがあるのか、というと、鎌倉時代、この地には、関道閑(どうかん)という豪族の館があったのだ。
そこから、道閑(どうかん)山、と呼ばれたらしい。それが、いつの間にか、道灌(どうかん)山に、なってしまったようだ。
ちなみに、関道閑(どうかん)は、日蓮上人に感化され、近くに、感応寺という、寺院を建ている。
その感応寺、名前が変わって、天王寺になっているのだが。それが、今の、日暮里駅の西側一帯を占める、天王寺のことなのだ。
ということで、あまり、日暮里と、大田道灌は、関係なさそうな気がする。
ただ、バブルが崩壊し、どん底になってしまった、都心に、江戸、東京の礎を築いた、大田道灌の、勇ましい像を、建てた、という点なら、関係があると言えるかも。
(2009年9月記)