中央線荻窪駅(荻窪三丁目 大田黒記念公園)

荻窪三丁目 大田黒記念公園

自宅近くの旅館に、さも、遠路から、旅行してきた果てに、宿泊することが、なぜ、興味深いのだろう。
もちろん、日常から、解放されるからだが、
でも、それなら、普通に、旅行すればいい。
もっとも、自分も、昔、たしかに、そういう、楽しみかたも、あると、思ったけど。
では、自宅近くに、旅行することが、なぜ、非日常に、なりうるのだろう。
それは、その、非日常に、対応すべき、日常が、あまりに、軽いからだ。
その、程度の、非日常で、解放されるほどの、軽い、日常、だからだ。
つまり、泉麻人、それ自体が、軽い、日常そのものを、演出しているのだ。
だから、網羅的、一般化したとき、つまらないものに、なってしまう。
興味深いのは、自宅近くへの、旅行ではなく、軽い、日常、そのもの。その程度で、解放されてしまう、軽い、日常。
ひょっとすると、泉麻人のように、その、軽い、日常を、手に入れられるのでは、というのが、興味深さの、正体。
あまりに、生々しく、重苦しい、日常が、目の前にあれば、泉麻人は、退場するしかないだろうな。
西郊旅館を後にし、南へ、歩いていく。
しばらくすると、大田黒記念公園。
(2013年5月記)