日暮里舎人ライナー熊野前駅(西尾久六丁目 住宅地に伸びる煉瓦塀)

西尾久六丁目 住宅地に伸びる煉瓦塀

住宅地の中、延々と、煉瓦塀が、続く。
この煉瓦塀は、かつて、この場所にあった、広大な、煉瓦工場の痕跡、ということだ。
隅田川土手の土が、煉瓦の原料として、最適だったらしい。
ということで、明治時代になると、煉瓦工場ができはじめる。
原料としての土、ということもあるが、隅田川を下れば、都心に、すぐ、輸送できる、ということも、あったのだろう。
ただ、原料には、限界がある。いつかは、枯渇してしまうのだ。
そういうわけで、大正時代になると、煉瓦工場は、衰退していく。
(2013年8月記)