文京区春日(文京シビックセンター)

文京シビックセンター

秋葉原に戻り総武線水道橋駅で降りる。
東口へ出て白山通りを北へ、そして東京ドームの北側へ。
文京シビックセンターが聳える。
バブル崩壊のころに竣工。したがって、できあがってみると非難轟々だったと記憶している。
もっとも、小石川後楽園と東京ドームのまわりを取り囲むように高層ビルは建ち並び、今も少しづつ増えている。そう考えると、いつかはある程度の規模の建築物は建ったと思うのだが。
この場所は、もともと西から神田川、北西から小石川が流れ込む沼沢地帯が広がっていた。
江戸時代に入り、徳川御三家の一つ水戸藩上屋敷となる。
そして水戸光圀が庭園を完成させる。小石川後楽園である。
徳川将軍家から、このような捨て地を押し付けられたことに対する意趣返しのような気もするが、現在ならおそらく高層ビル街にするしかない土地だったはずだ。
もっとも実際、現在は何棟も建っていて、その1棟が文京シビックセンターなのだが。
その北側は、台地、文京山の手が広がる。
実は文京区の面積の大半はその山の手が占めているのだが。
そして、その山の手こそは、東京、あるいは日本でも最古参にして屈指の山の手住宅地なのだ。
その庁舎がこの巨大な威容を誇る、いや、異様なフォルムをもつ巨大建造物だったとしたら、近代以降の歴史に対するある種の、これも意趣返しなのだろうか。
(2006年8月記)