中央区新川(リバーシティ21新川)

リバーシティ21新川

中央大橋隅田川を渡る。
対岸にリバーシティ21新川が聳える。
ビルの形も違うし、離れているが一応大川端リバーシティらしい。
しかしビル群としては佃島、月島とは違うと思う。
隅田川西岸に連なるビル群とした方がいいだろう。
このビル群を構成する高層ビルは、北からリバーサイド読売ビルIBM箱崎ビル茅場町タワー、リバーサイドタワー、東京ダイヤビルディング5号館、住友ツインビル、そしてリバーシティ21新川である。
いずれも日本橋箱崎町、新川にある。
さらに箱崎も新川(新川は今でも島だが)も隅田和沿いの島だった。島だったというより中州だった、という方が現実的かな。
日本橋川隅田川に合流する地点の北岸が箱崎で南岸が新川であり、箱崎もおそらくそうだろうが、新川は江戸時代初にできた埋立地である。西隣の八丁堀よりも先に出来ている。
当時はその島にあった霊巌寺(あったというよりそもそもその埋立てに深く関与した)から霊巌(岸)島と呼ばれていた。
やがてそのような埋立地は江戸の港になり、日本橋も各街道の起点になっていることから、日本橋からその東側は、明治時代初にかけては商業の中心となる。
明治時代以降は、鉄道の開通、新橋駅、および東京駅の開業により、商業の中心は移っていく。
そして、なにもなくなったところへ、バブルのころのウォーターフロントということで、高層ビルが建っていった、というわけだ。
石川島の大川端リバーシティもそうだが、ウォーターフロントという言葉を使うと、これから出来上がるものに目がいってしまう。
それ以前にあった、消えてなくなったものに目がいかない。
新川(霊巌島)も江戸時代が始まったときは、ウォーターフロントだったはずなのに。
もっとも消えてなくなってそのまま、というのも寂しいが。
(2006年10月記)