京葉線新浦安駅南口(新浦安センタービルディング)

新浦安センタービルディング

新浦安駅の南口に出ると新浦安センタービルディングがある。
このビルも同じくバブルの頃に竣工したらしい。(いつ竣工したのかちょっとわからないのだが)
もとは、明治安田生命新浦安ビルという名前だったらしい。
今の浦安は、ほとんど埋立地だが、その埋立ては、高度成長期の頃から安定期の頃までには完了したようだ。
そもそも、浦安の海岸が埋め立てられたのは、都市の拡大により、海が汚染され、漁業が成り立たなくなってきたことによるらしい。
そして、その埋立地の中に遊園地を開園させる、という計画もあったのだろう。
よく似たケースとしては、谷津遊園があるのだが。
さらに、埋立地の一部に舞浜という地名がつけられる。
この舞浜、という地名の由来は、フロリダのマイアミビーチから、ということだ。
本当に冗談かと思うが、当時はごく自然のことだったのだ。
谷津遊園のような地方都市の娯楽施設、という感じだったのかもしれない。
高度成長期が終わった後の安定期、その遊園地、東京ディズニーランドが舞浜にいよいよ開園する。
もっとも、その頃、まだ京葉線が開通していなかったので、東西線浦安駅からバスだったと思うのだが。
だが、当初から、この新しい埋立地にできた東京ディズニーランドは、谷津遊園のようなただの地方都市の娯楽施設、ということではなくなってくる。
さらに、現在では、集積化された都心における、代表的なテーマパークであり、アーバンリゾート地になっていくのだ。
ほんの数十年前、高度経済長の頃、江戸前の豊かな漁場だったこの遠浅の海が汚れて使えなくなってしまったとき、住民は、本当に途方に暮れてしまったことだろう。
それが、数十年経つと、洗練された都市近郊住宅地になり、近場アーバンリゾート地として賑わっている、そんなこと予想もしなかったろうなあ。
(2007年5月記)