山手線東京駅西口(郵船ビル新館)

郵船ビル新館

バスは、再び広大な水郷地帯を走っていく。
だいぶ離れたところで、後ろを見てみると、ポツンとした鹿島セントラルビルが、いまや小さく見えている。
そして、しばらくして、バスは、幅広な利根川を渡っていくのだ。
たゆとう大河の西側、はるか先には細長い鉄橋を、遠くなので、まるで模型のように小さく見える鹿島線の電車が走っているのが見えた。
この幻想的で荘厳な光景に思わず目を奪われてしまう。
バスは、利根川を越えてしばらく走ると、丘陵地に入る。
ここからは、両側を防音壁で囲われるようになる。
ということで、もう風景を楽しめない。目を閉じるしかない。
目を閉じると、瞼の裏には、さっき見た景色がはっきりと残っている。
広々と広がる冬枯れの大地。初冬の太陽の光をキラキラと反射させる広い湖の湖面。
そのような思いに浸っていると、終点が東京駅なので、安心したせいか、いつしか眠りに落ちてしまった。
目が覚めたのは、バスが京葉道路を走っている頃だ。
窓の外にはららぽーと。多くのクルマが行きかい、建物で覆われた都会の中。
あまりの窓外の景色の変わりように、一瞬、戸惑ってしまった。
いまさっきの雄大な神栖の光景が、実は寝ていたときの夢だった、としても信じてしまっただろう。
高速バスは、やがて、都心に入り、高速道路を降りて、クルマの渦をかきわけるようにして、東京駅に到着。
東京駅の西口へ。
西へまっすぐ伸びる大通り、行幸通りを西へ歩く。
南北に伸びる日比谷通りの手前、行幸通りの南側に郵船ビル新館がある。
竣工は、高度成長期が終わって訪れた安定期の頃。
最初は、高いビルだっただろう。
だが、今は、まわりの高層ビルがでかすぎて普通のビルにしか見えない。
このビルがまわりよりも高いビルだった頃は、のんびりした時代だったのかもしれないなあ。
それは、過ぎ去った夢、なのだろうか。
こう思ってしまうのも、なんか、さっきの高速バスで行った神栖の光景が、未だに余韻を残しているからかもしれない。
(2007年12月記)