都営大江戸線西新宿五丁目駅(住友不動産西新宿ビル5号館)

住友不動産西新宿ビル5号館

靖国通りに出て西へ歩く。
山手線、中央線の高架をくぐり、新宿駅の西側へ。
都営大江戸線新宿西口駅がある。
新宿西口駅都営大江戸線に乗り込み、都庁前駅光が丘駅行きに乗り換え、西新宿五丁目駅で下車。
方南通りを東へ。
南北に伸びる十二社通りとの交差点の手前で南へ曲る。
住宅地の中、細い道へ入りそのまま南へ南へと歩いて行く。
密集しているが、閑静な住宅地だ。上り坂なので山の手っぽいのだろうか。
このような、のどかな住宅地を歩いていると、どうしても、さっき、訪れた歌舞伎町のことを考えてしまうな。
こんな住宅地を後背地に持っているなら、客層的に見ても、新宿駅の近くに歌舞伎の劇場を開設してもいいかな、と誰しも思ってしまうだろう。それなのに、なぜ、今のような、風俗店密集地帯になってしまったんだろうか。
その転換は、やはり、バブルの頃が画期、だったのだろう。
もともと、風俗店、といえば、歴史的に限られた場所にあったり、その存在が、何よりも、水面下、アンダーグラウンドなものだったはずだが。
バブルの前ぐらいからだろうか、ニュー風俗、というのが登場して、そのような、環境が一変してしまった。
なんだか、妙に明るくて、敷居が低そうな、風俗店が一気に乱立したんだっけ。
その舞台が他ならぬ、歌舞伎町なのだ。
ひょっとしたら、北側の大久保の街が国際化していったのと同じ時期かもしれない。
つまり、バブルの熱狂の中、新宿の北東側では、妙に明るい風俗店が林立し、そして、その北側では、急に国際化が進行したのだ。
それらが、いったい、相互に、どのように関わったのかは、まったく、わからない。
そこまで考えた頃には、住宅地の中の上り坂は、下り坂になっていた。そして、その坂道をそのまま下っていくと、東西に伸びる通りに出る。
道道路、という通りだが、その北側に住友不動産西新宿ビル5号館がある。
最近、竣工した高層ビルだ。
この真新しい、ビルを見上げていたら、ふと思い出した。
そういえば、歌舞伎町のシンボル、新宿コマ劇場は、もう解体されてしまうらしい。
結局、最後まで、歌舞伎は演じられずに、なくなってしまうんだな。
そこまで考えたら、さっきの謎が解けたような気がした。
歌舞伎は、所詮、夢ではなかったのだ。
逆に、大久保の国際化は、バブル期日本を黄金郷と見定めた、外国人の夢の実現。
そして、ニュー風俗も、男たちの夢の儚い実現なのだろう。
ならば、目の前の、この高層ビルも、夢なのだろうか。
たぶん、そうなのだろう。
今という時代が、未来へと進んでいる、という淡い夢、なんだろうな。
(2008年5月記)