総武線浅草橋駅(タワーレジデンストーキョー)

タワーレジデンストーキョー

東へ歩き、本所吾妻橋駅に戻る。
再び、都営浅草線に乗りこむ。
浅草橋駅で下車。
浅草橋、というと、浅草と関係がありそうだが、実際は、かなり、離れている。
ただ、距離は離れているが、完全に、無関係、というわけでもない。
江戸時代は、浅草橋御門、と言われていたらしい。
浅草への入口だったのだろう。
つまり、今では、浅草は、ここから、はるかに遠い地点にあるのだが、江戸時代には、浅草、というのは、とても広い範囲を指していた、ということなのだ。
だから、浅草橋を渡れば、浅草、という感じがしたに違いない。
その後、浅草は、縮小し、ごく限られた場所になっていく。そして、浅草橋、という名前が、この場所に、取り残されたのだ。
ということは、浅草橋、という名前、かつての、広範囲だった浅草の痕跡、なのだろうな。
もっとも、浅草橋周辺は、何度か、歩いたことがあるけど、レトロな下町っぽくて、いい感じの街だったけど。たぶん、名前だけではなく、浅草の雰囲気も、残っているのかもしれない。
そのような、浅草橋界隈を離れ、西へと歩いていく。
途中、南北に伸びる、清洲橋通りに入り、北へ。
しばらく進んで、再び、西へ曲がり、少し歩く。
西へ伸びる通りの北側にタワーレジデンストーキョーがある。(工事中はこちら
最近、竣工した高層住宅だ。
このような再開発は、今、進行している、秋葉原の大変貌の余波なのかもしれないな。
今のところ、その波も、ここまでだけど、いつか、大変貌の大波が、東側の浅草橋まで、押し寄せるかもしれない。
押上や曳舟と同じように。
浅草、と同じように、浅草橋も歴史テーマパークになれば、残るだろうけど。
(2008年9月記)