常磐線金町駅(水戸街道金町陸橋)

水戸街道金町陸橋

ヴィナシス金町タワーレジデンスの南側を、東に沿って、歩いていくと、すぐに、水戸街道に出る。
交通量の多い、幅広な大通りに面した、高層住宅、という、側面もあるのだろう。
ただ、やはり、駅前、ということの方が、優先されているように思える。
できうれば、金町駅ホームが、高架上にあるので、広場をペデストリアンデッキで覆い、ヴィナシス金町タワーレジデンスと、駅改札口を直結したかったのかも。
将来的には、わからないが、駅前の高層住宅で、すでに、そうなっているところが多いのは、事実だ。
ちょっと、水戸街道を、東へと、歩いてみる。
上空を覆うように、長々と、伸びているのは、高速道路ではなく、一般道の金町陸橋。
この高架道路を見ると、昔のことを、思い出す。
バブルの頃だろうか、千葉のあちこちに、同僚が住んでいて、よく、クルマで遊びに行ったのだが、帰りは、たまに、松戸を経て、水戸街道に入り、都心に向かったりしたものだ。
松戸を過ぎると、江戸川に、新葛西橋が架かっていて、よく混んでいたなあ。
その先に、金町があったし、なによりも、京成金町線の、踏切があったからだが。
その後、混雑解消のため、新葛西橋の袂から、陸橋が伸び始める。
たまに通過するたびに、高架工事が、進んでいて、その進捗具合が、明るい未来を、予感させてくれたものだが。
工事は、どんどん、進行し、やがて、金町を通り越し、その、ずっと先まで伸びて、ようやく、地平に降り立って、完成した。
京成金町線との立体交差による、混雑解消、ということでもあるのだが、なによりも、金町の上を、素通りしたかったようにしか見えない。
つまり、松戸から広がる、常磐線沿線のベッドタウンにとって、金町は、通過すべき、いらない街なのだ。
このことは、ひょっとしたら、駅前高層住宅が、ペデストリアンデッキで、駅と直結することと、同じなのかも。
ようするに、ペデストリアンデッキの下に広がる街は、もはや、いらないのである。
そう気付いたときは、並べて豊かだった、バブル期、および、それ以前の、安定期が、遠くなってしまった、と実感するしかない。
仕方のないことだけど。
(2009年6月記)