京成金町線柴又駅(賑わう帝釈天参道)

賑わう帝釈天参道

さらに、東へ歩いていくと、いよいよ、帝釈天の参道だ。
相変わらず、賑わっているようだけど、寅さんの映画が、シリーズとして、上映されていた頃の方が、もっと、繁華だったかもしれない。
今となっては、わからないが、テーマパークとしては、定着しているようだ。
たしか、この参道の並びに、映画の舞台、とらや、がある。
それらしき、お店があったのだが、通り過ぎてしまったな。
あまりに、観光地然としていると、ちょっと、気後れしてしまう。ひっそりとしている方が、いいんだけど。
ところで、映画の中の設定では、とらやの裏手に、小さな、印刷工場があったはず。そして、そこで、さくらさんと、結婚することになる、博さんが働いていたわけだ。
あまり、出番も台詞も多くなく、いつも、深刻な暗い表情なのだが、この作品に関する限り、実は、彼が、主役なのではないか、と思っている。
例えば、「男はつらいよ」、で、結局、何が、どうなったか、といえば、さくらさんと博さんが、結婚した、それだけだ。
さらに言えば、この両名のうち、さくらさんの方は、すでに、お見合いをしており、博さんと巡り合わなくても、そのうち、誰かと、近々、結婚したに違いない。
一方、博さんの方、もし、寅さんが、現れなければ、どう考えても、さくらさんとは、結婚まで、いかなかっただろう。しかも、さくらさんが、どこかに、嫁いでしまう時期は、近いのだ。
彼女が、嫁いでいなくなってしまえば、意気消沈した、博さんも、印刷工場を辞めて、この地を離れたただろう。
という風に見ていくと、「男はつらいよ」は、要するに、博さんが、いかに、さくらさんと結ばれるか、ということに話は、尽きるのである。
では、そもそもの話の発端に遡るとして、なぜ、博さんは、さくらさんを、好きになってしまったのかな。
こういうことに、明確な理由は、ないのだが、敢えて言えば、博さんは、寅さんと同じく、家を出奔した身、身寄りのない、さくらさんと、同じ境遇なので、お互い、わかりあえる、と、一方的な、確信を抱いたんだろうなあ。それで、3年間も、思い焦がれていたわけだ。(男にはよくある)
ただ、さくらさん(たぶん、数年前までの)、おいちゃん、おばちゃん、(あるいは、世間一般)には、丸の内での、玉の輿幻想が、あることも事実。
この、丸の内、大学出、玉の輿、が、博さんの上に、重くのしかかっていた、どころか、完全に、博さんを、押し潰していた、のかもしれない。(博さんに限ることではなく、普通、そうだろう)
状況が変わったのが、寅さんの帰郷だ。それも、功成り、名を遂げての、凱旋ではなく、昔と変わらない姿での、帰還である。
まず、さくらさんの、丸の内、玉の輿、というのが、背伸びのした幻想ではないか、という疑念が、確信に変わったのだ。
たぶん、さくらさんが、隣の工場の従業員の輪の中に入っていくように、なったのも、お見合いが破談になったことを、巡って、寅さんと騒動があった頃からだろう。
ひょっとしたら、それまでは、お高くとまっていたのかもしれないな。
おいちゃんとおばちゃんにも、工場従業員に対する、見方の変化が、徐々に現れる。だんごを買いに来た博さんに、遠回りになるから、店内を通過する、ということを許可するのだ。初めて、店内を抜けて、裏口から、工場に向かったので、博さん、つまずきそうになったのに違いない。
もっとも、さくらさんとの結婚、ということについては、事態が変化したわけではない。お見合いの時の席次を見ても、会社の部長さんが、仲人なわけだから、まだまだ、お見合いの話を、持って来るだろう。
この事実を、博さんに、突きつけ、結婚へ、最後の後押しをしたのは、やはり、寅さんだ。いちおう、さくらさんの勤めている会社に出向いて、実情を、確認しているけど。ついでに、博さんについても、それとなく、口の端に出して、さくらさんの反応を見たりしている。
その日の夜、工場に立ち寄り、博さんに報告。この時点で、博さんも、さくらさんの事は、所詮、自分で、どうこうできる訳ではないことを自覚していたのかもしれない。すでに、荷物をまとめ、工場への辞表も用意していたに違いない。
寅さんの報告を受けてからの、博さんの行動が、とてつもなく、早いからだ。準備していないと、できないだろう。
博さん、報告を受けるや、その足で、さくらさんの許へ。自分の思いを告げ、お別れを言う。
すぐに、工場に取って返し、社長に辞めることを言い置き、同僚にも挨拶し、まとめてあった荷物を持って、会社を引き払う。
さくらさん、事態を呑み込んで、たぶん、いったん、工場に行ったはずだ。
そこで、博さんが、柴又駅に向かったことを聞き、急いで、後を追い駆ける。
後を追い駆けて、なんとかなるもんなんだろうか。
実は、なんとか、なるのだ。
何度も書いているが、柴又駅を通る、京成金町線は、幹線道路、水戸街道を、踏切で横断しているので、あまり、本数が多くない。
改札口まで来ると、はたして、電車はまだ、来ておらず、ホームには、博さんの姿。
博さんも、ホームでは、一番、改札に近いところで、待っていたりする。
ひょっとしたら、一本ぐらい、やり過ごしたかもしれない。
切符も持たずに、改札口を抜けて、自分のところへ、走ってくる、さくらさん。その姿を認めたとき、博さん、どんな、気持ちだったろう。
嬉しい、とか、そんなことよりも、人生の、あまりの重さ、そして、現実の、あまりの儚さに、身が震えるような思いだったに違いない。
もし、本意ではなくとも、さくらさんが、来なかったら、その時点で、博さんの、人生は、大きく、大きく、変わってしまったはずだから。
その時、ちょうど、入ってきた、電車に、硬直してしまったような、博さんを、さくらさん、引っ張って、二人で、車内へ。
これから、人生を、二人で歩んでいく、決心をしたことを、確認しあうため、だったのかな。
とにかく、このシーンが、「男はつらいよ」の中での、最大のクライマックス、に違いない。
何度、見ても、一番、好きな場面だ。
(2009年6月記)