京成金町線柴又駅(柴又近く江戸川河川敷)

柴又近く江戸川河川敷

料亭川甚を過ぎ、土手を登ると、その先は、広大な、江戸川の河川敷だ。
今は、公園が広がっているが、寅さんが、江戸川を越えて、やって来た頃は、ゴルフ場だったらしい。
その時のシーンは、こうだったかな。
ゴルファーの打った球が、今しも、穴に入る、という、その時、ぬっと、手が伸びて、その球を、ひょいと掬い上げる。そして、そのゴルフボールを、ぽんと、ゴルファーに放り投げる。あっけに取られる、ゴルファー。
放り投げたのは、矢切の渡しで、岸に着いたばかりの寅さんだ。
いかにも、いいことをした、という満足そうな笑みを振りまいて、立ち去っていく。
ゴルフを知らない、という世間知らずぶりを、表現したらしいのだが。
ただ、こんな風に、世間に疎い部分を、持っているのだが、逆に、職業柄か、とても、詳しい分野もある。
それは、交通網と地理に関してだ。
矢切の渡しで、故郷の地を踏んで、再び、旅立つ、短い期間、寅さんは、実に、様々の場所を、訪れている。
赤坂。月島、巣鴨水元公園。丸の内。大井、蒲田。
もちろん、これは、たまたま、シーンに出てきた一部に過ぎないだろう。
そもそも、こういう場所に、すんなり、行ける、ということは、かなり、いろいろな場所、交通網を熟知していなければならない。
例えば、月島。当時は、大江戸線有楽町線も、なかったのだ。どうやって、行ったのだろう。巣鴨は、やはり、京成線、日暮里経由、山手線かな。
近場の水元公園は、金町からバスで行ったに違いない。
傑作なのは、冬子さんと行った、大井、蒲田だ。
京成線から、都営地下鉄を経て、京浜急行、というコースなのだろう。
大井オートレース場で観戦した後、再び、京浜急行に乗って、蒲田へ。
帰りは、同じく、京浜急行都営地下鉄、京成線だな。
距離がありそうなのだが、鉄道路線を、うまく、利用すれば、すんなり、行き来できてしまうわけだ。
オープニング、寅さんが、登場するのが、矢切の渡し、というのも、結局、交通網、地理を熟知していることの、所産、に違いない。
最初は、なぜ、矢切の渡し、なのか、さっぱり、わからなかったけど。ひょっとすると、松戸か市川に、寅さんに関係のありそうな、場所があるのだろうか、と調べたりもしたが。ちょっと、考え違いだった。
ようするに、あらゆる交通網に長けている、寅さんにとっては、柴又に行くのに、京成金町線を使おうが、矢切の渡しを使おうが、交通路線としては、どっちでも、いいのだ。
あえて、どちらかを選ぶとするなら、その動機こそは、寅さんの心情の発露に、他ならない。
こうして見ると、寅さん、普通の地元住民とは、まるで、違う、地理感覚を持っていたのかもしれない。
喩えて言えば、まったく別の(心の中の)地図を持っていたのかな。
たぶん、普通の(心の中の)地図は、自分の生活圏を中心にしているのだろう。ところが、寅さんの持っている、地図は、中心がどこにもないように思える。
延々と、均一に広がる、地図。
そして、その中に、寅さんが、ぽつんと、立っている。
自由気儘に見えて、そんな寂しい影があるから、寅さんは、憎めない存在なのだろう。
(2009年6月記)