東村山市諏訪町(八国山と将軍塚)

八国山と将軍塚

八国山の尾根道を歩いていると、しばらくして、石碑が現れる。
二つの石碑があり、奥の方が、将軍塚の石碑だ。
たぶん、八国山の山頂は、このあたりなので、ちょっと小高くなっている、将軍塚の場所が、山頂なのかもしれない。
その八国山についてだが、今でいう、関東地方に、山梨県、長野県を加えた地域の、八カ国を、眺め渡すことができたので、八国山、というらしい。
実際は、麓すら、見下ろすことは、できないので、この謂れは、伝説なのだろうが、では、なぜ、このような大仰な、名前が付いたのだろうか。
例えば、似た名前に、町田市の七国山がある。
これらの共通点は、近くに、鎌倉街道上道が、通っていたことだ。
おそらく、鎌倉時代は、関東、その他の、八カ国に通じる、交通の要衝だった、ということかもしれない。もっとも、他にも、交通の要衝があったのに、何で、ここだけ、八国山なのか、というと、ちょっと、わからないが。
ところで、「となりのトトロ」に話は戻るが、サツキのお父さんは、考古学の研究者だったはずだ。
とすると、この尾根道を通ったとき、小学6年生のサツキには、薀蓄の一つも垂れたかもしれないな。
でも、母親の入院する、七国山病院は、近いので、聞く耳、持たなかったろうけど。
それはいいとして、このお父さんの、考古学の研究者、という社会的なポジション、すごく、憬れてしまうのは、自分だけだろうか。
なんとなく、社会とは、あまり、関わりなくとも、生活が、維持できるような、感じがするのだ。
もっとも、これは、あくまでも、サツキから見た、お父さん像なのかもしれない。
研究、というと、学校の勉強の延長のように感じられるし。そのままで、生活が、維持できるとするなら、不安はないし。つまり、大人を感じさせない。
でも、現実の研究職は、そのようなものとは、かなり違うだろう。
とすると、「となりのトトロ」の中の、考古学の研究者なんて、ありもしない、職業イメージ、ということになるな。自分も騙されていたのかも。
例えば、次のシーンが、現実を、垣間見せてくれる。
最初に、松郷の、新居に着いて、建物に入ったとき、サツキとメイは、「ススワタリ」という、お化けの気配を感じて、お父さんに報告するが、お父さん、とぼけた感じで、「お化け屋敷に住むのが、夢だったんだ」と、サツキに返事をする。
もちろん、鈍感なわけでも、とぼけていたわけでもなく、普通の大人は、お化けどころではないはず。
引越しともなれば、諸経費のこと、生活のこと、付き合いのことなどで、頭が、いっぱいなのだ。
とぼけて見えたのは、お父さんが、サツキやメイを、心配させないためか、それとも、サツキが、そのように、想像したのか、わからないが。
ひょっとしたら、宮崎駿の作品に共通するのかもしれないけど、大人の世界が、一方的に、子供から見た世界として、描かれているような気もするな。
少なくとも、「となりのトトロ」での、お父さんの、大人社会は、不可知のものであり、おそらく、サツキの視点でのみ、表現されている。
(2009年8月記)