日比谷線南千住駅(南千住 石浜神社)

南千住 石浜神社

白鬚橋を渡り、隅田川の西岸へ。
明治通りの、北側には、ちょっと、通りから、離れているが、石浜神社がある。
今では、なぜか、あまり、有名ではないのだが、昔は、かなり、著名な、神社だったらしい。以前の名前は、朝日神明宮といったのだが。
白鬚の渡しの、東岸には、白鬚神社、西岸には、石浜神社、ということなのかも。
おそらく、ここら一帯が、太古の昔から、交通の要衝だったから、著名だったのかな。
例えば、西に向かえば、今の王子の南側に、豊島があり、南に向かえば、浅草寺、鳥越神社を経て、今の、品川の方に出られる。奥州へは、いったん、ここから、白鬚の渡しで、隅田川の東岸に出て、北へ向かわなければならなかった。
さらに言えば、このあたりは、有名な、「伊勢物語」の東下りにも、出てくるし、「更級日記」にも、登場する。
源平合戦のとき、源頼朝は、この場所で、隅田川を渡り、鎌倉に入っている。
通れるところが、ここしかなかったので、当然、そうなるわけだが。
状況が、変わったのは、たぶん、江戸時代、日光街道が、整備されてからだろう。
奥州方面へは、そのまま、北へ、千住、千住大橋を、経て、直行できるようになった。
つまり、白鬚の渡しは、主要幹道ではなくなってしまったのだ。
賑やかさも、千住宿に、移ってしまったし。華やかなのは、対岸の、向島百花園ぐらいかな。
たぶん、そういう、街道から外れた、鄙びた光景が、向島百花園を作ろうという、動機になったのかもしれない。ちょっと、わからないが。
そして、今に至るわけだ。
こうして見ると、時代の流れを、感じるなあ。
(2009年9月記)