京葉線稲毛海岸駅(稲毛海岸駅前南側 新しい団地群)

稲毛海岸駅前南側 新しい団地群

稲毛海岸駅から、京葉線に乗って、帰ることにする。
改札を抜け、高架上のホームへ。
そのホームからは、南側に、広がる、真新しい、ベイマークスクエアの集合住宅群を見ることができる。
これらは、バブルが崩壊した後、失われた10年の最中の完成だ。
最近、よくある、駅近くの、再開発の端緒なのだろう。
もう、普遍的な利益をもたらす、壮大な、再開発は、やめて、限定された、拠点のみの再開発に、切り換えたわけかな。
たしかに、駅は、都心部と、直結され、便利だ。そもそも、交通の結節点なわけだし、その便利な場所を、さらに、再開発するわけだから、便利さは、どんどん、増していく。
ただ、そのような便利さは、普遍的な利益、というわけではない。
利益の享受は、常に、かなり限られたものとなる。
そして、その、限られた利益は、いわゆる、差別化、を促す。
しかも、生活環境そのものの、差別化だ。
では、なぜ、そのような、差別化が、失われた10年以降、必要になったのだろう。
それは、社会の中の、競争を、煽るために違いない。
競争の勝者への、ご褒美が、魅力的であれば、あるほど、競争は、真剣味を増してくるものだ。
そのような競争こそが、社会全体の豊かさを維持し、結果的に、利益は、普遍化する、というわけかな。
そして、その、競争の、ご褒美を作りだすのが、再開発なのだ。
でも、それは、本当なのかな。社会全体の豊かは、辛うじて、維持されているのかもしれないけど。
ただ、どう考えても、生活は、ますます、よくない方向に向かっているし。
どこもかしこも、ぎすぎす、しているし。
そんな中、唯一の救いは、競争だとか、ご褒美だとかいっても、そんなもの、時代の流れの中では、なんの意味もない、という確かな事実だろうか。
その、確たる、モニュメントこそが、高層ビルなのかもしれない。
後世に残る、夢の跡、モニュメント。
だから、高層ビル巡りは、まだまだ、続くのだ。
(2009年11月記)