日比谷線神谷町駅(虎ノ門五丁目 古い建物)

虎ノ門五丁目 古い建物

八幡神社から、再び、桜田通りへ。
この八幡神社、西久保八幡神社、あるいは、西窪八幡神社、と呼ばれているらしい。
平安時代の終わり頃、霞ヶ関あたりに、建てられた、ということだ。
その後、大田道灌が、江戸城を、改築したとき、この地に、移転してきた。
実際、本当かどうかは、わからないけど。
ただ、境内に、西久保八幡貝塚があって、太古の昔から、このあたりに、暮らしがあったということは、間違いない。
おそらく、西久保八幡神社が、移転してくる前から、そのような住民のための、何か、祭祀に関わる、設備があったのだろう。
だが、今となっては、もはや、跡形もないので、まったく、わからないな。
そんな、八幡神社を離れ、桜田通りを、北へ。
しばらくして、住宅街の中、西へと、細い道を入っていく。
道路沿いには、高度成長期頃の、古い建物が、並んでいて、興味深い。
一帯は、我善坊谷と呼ばれている場所。
ずっと前から、再開発の話があるので、建物が新築できず、そのまま、ということなんだろう。
ということは、高度成長期、「ALWAYS三丁目の夕日」の世界が、そのまま、残っているのだ。
でも、誰もいないので、まさに、ゴーストタウン。
廃屋が、寂しく、野晒しになっているだけ。
そこには、昔日の面影は、微塵もない。
(2009年11月記)